(茜×森)
射るような視線を感じ茜大介は軽くため息をついた。
視線の主が誰なのか嫌と言うほど分かっていたが、彼はそれが義務だというように顔をあげる。
怒りに満ちた、でも泣きそうな目。
おいおい、そんな顔をするなよな…と思いながら茜はにっこりと微笑んだ。微笑みながら「姉さんって不器用な上に空気も読めないのか」と相手にだけに聞こえる声で言ってみる。
「…っ」
姉さん――つまり森精華のことなんであるが、彼女は茜を睨み付けながら手にしたグラスの中身を一気に飲み干した。
(まぁ気持ちは分からないでもない)
茜は森から視線をはずし、ぐるっと部屋を見わたした。
実はこの二人、色々あってクリスマスパーティーに参加しているわけだが、問題はそのメンツであった。
まずパーティーをしようと言い出したのは速水厚志である。
そもそもこの少年、カダヤたる芝村舞とクリスマス(の夜)を過ごす気満々だったのであるが、その野望は当の彼女によって砕かれた。
「悪いがその日はののみを預かることになっている」
聞けばののみの保護者であるヨーコから頼まれたのだという。
「どうしても外せない用事があるらしい」
速水の実力をもってすればヨーコの用事(おそらくデート)をぶっとばすことだって出来たのだが…
「まさかとは思うが、クリスマスだ何だと浮かれて私の約束を反故にさせるほど、そなた傲慢ではあるまいな?」
と先手を打たれ、速水は次の手を用意することにしたのであった。
それが舞の家でのクリスマスパーティー。
これならクリスマスに浮かれていても約束を反故にさせるわけじゃなくなる、ということで…その共犯に茜は選ばれたというわけだ。
茜はとりあえず自分の話し相手にと滝川を誘った。どうせ自分と同じでクリスマスを一緒に過ごす恋人などいないだろうという選択である。
が、滝川は茜の誘いを断った。何故だ、と聞く茜に滝川は言った。
「家にいないとサンタが困るじゃん」
実にイノセントな発言に、茜は撤退した。
よく考えれば速水と舞、そしてののみと自分の4人でも問題ない、と判断を下したのだ。
その結論を狂わせたのが「ののみに悪い虫がつく」と無理矢理参加宣言した瀬戸口隆之であった。
悪い虫からののみを守るため、イブの予約を全てキャンセルした過保護っぷりである。
「俺が見てないところでののみに声かけてみろ、許さんぞ」
許さないとどうなんだよ、と茜は思ったが、下手に瀬戸口と険悪になって可愛いののみが悲しむ姿を見たくはない。かといって三人で和気あいあいと会話するなんて考えられず、もちろん速水と舞の間に割ってはいる勇気もない。
茜大介は困ったのである。
親友の願いとはいえ、つまらないパーティーに参加したくはないのだ。ハッキリ言って時間の無駄だ。せめて見ていて飽きない奴がいれば気も紛れるのに、と心底思った。
考えに考え抜いた末、茜は…
「姉さん、今日さ速水からクリスマスパーティーに呼ばれてるんだ、一緒に行かないか」
サイテーなことに、速水を餌に森を呼んだのであった。全ては自分の暇つぶしの為だけに。
そういうわけで茜は森を騙した張本人であるだけに気持ちが分からないでもないのである。ただ会場が舞の家であると知った時点で逃げることも出来ただろうに、と他人事のように茜は呆れたりもしているわけで。
「はしたないな」
空になったグラスを森から奪い取る。
見ていて飽きないのは喜ばしいことなのだが、彼女が酔い崩れる姿は誰にも見せたくないらしい。
色々と複雑なのであった。
ののみは瀬戸口の膝の上でご機嫌である。
茜はポケットから飴玉の包みを取り出し「クリスマスプレゼントだ」と少女に差し出した。
「ありがとうなのよ」
小さな手は大事なものを貰ったとでもいうように、包み紙を胸に引き寄せた。瀬戸口は渋い顔で茜を牽制しつつ、時間が気になるのか時計をちらちら確認している。
速水は舞の話に耳を傾け、にこにこと笑っている。舞の口から「美しい」という言葉が何度も漏れるので茜も聞き耳を立ててみたが、内容は数学の話で「速水も大変だな…」と思わず心の中で呟いた。
「姉さん、そろそろ帰ろうか」
空気はそろそろ解散モードだと茜は見切り、提案をした。舞は「まだ良いではないか」と言ったが、森も瀬戸口も茜の意見に従い席を立つ。
茜は速水の耳元に近付き「義理は果たしたからな」と囁いた。速水は小さく頷いて「ありがとう」と返す。
恐らく速水はこの後も舞の家に居座り、ののみと三人でクリスマスの朝を迎えるのだろう。
己の欲求に割と忠実な速水を羨ましく思いながら、玄関先と皆と別れの挨拶をする。
森が口を開いたのは、舞の家から100メートルほど離れた頃だった。
怒っていた。
芝村さんが来ると分かっていたら参加しなかったと怒っていた。
「芝村が来たんじゃなくて、芝村の家でパーティーしたんだから居るのが当たり前じゃないか」
と言ったら、もっと怒りは激しくなった。
「私が速水君のこと好きだっていう気持ちを玩んで、そんなに面白かったっ?」
森の言葉に茜は立ち止まる。速水を餌に使っておいて言うのも何だが、茜は彼女が今だに速水厚志を好きだという現実が面白くなかったからだ。
「それに大介っ、あんた東原さんにはプレゼントなんか用意してっ…色気づいてるんじゃないわよっ」
茜は急に頭痛を感じた。たかだか飴玉一つに怒られるとは想定外のことだった。
「それってヤキモチ?」
「なっ…そんなわけないでしょっ、ほんっと大介って自意識過剰っ」
「それは姉さんだろっ、速水は半年以上前から芝村と付き合ってるって分かってないのかよ」
「…分かってるわよっ、何でそんなこと言うのよ、分かってるのよっ」
気まずい雰囲気。
いや、そういえば二人の関係はいつもこんなもんだった。素直な気持ちは何一つ口にすることが出来なくて、喧嘩ばかりの毎日なのだ。
茜は森の手を掴み、ズカズカと歩き出した。甲高い声で吐かれる罵詈雑言を一切無視してひたすら歩く。
着いた場所は学校のハンガーであった。さすがに人影はなく、茜は二番機の前に立つ。
「不愉快にさせることを分かってて速水を餌に誘ったことは悪かった」
茜は自分の工具箱を取り出す。それを開けるとリボンが付けられたスパナが目に飛び込んできた。
「今一番に姉さんが欲しいものだって聞いたから、クリスマスプレゼントにと思って、手に入れておいてやったんだ」
そのスパナは何の変哲もない、しかも使い込まれた普通のスパナ。ただ一つ違うところと言えば、それには持ち主の銘が入っているということ。
「それを譲り受けるのは大変だったんだ、感謝して欲しいくらいさ」
「…もっと早く素直にごめんなさいって謝ればいいじゃない、バカ」
「素直にありがとうって言えないのかよ、大バカ」
森はそれには答えず、嬉しそうにスパナの銘に指を這わせる。そこには彼女が最も尊敬する先輩の名前が刻み込まれていた。
花咲くような姉の笑顔に茜は安堵のため息をつく。
本当なら自分の実力だけで喜ばせたいところだが、とりあえずは機嫌を直して貰えたのだ。怒らせてしまうことを想定してプレゼントを準備するあたり性格が悪いのだが、そうでもしなければ贈り物一つ渡せないところが素直になれない茜らしい。
「そろそろ帰ろう」
「明日になったら先輩にお礼言わなきゃ」
「…それを手に入れたのは僕なんだけど…」
「うるさいなぁ、せっかくの感動を台無しにしないでよ」
すっかり相手にされてない茜大介。
色んな意味で己の未熟さを思い知るクリスマスの夜であった。