ちび壬生 夏のおめかし編  (にら)

「隆之さん。もうよろしいでしょう?」
「んー。もうちょっと、もうちょっとで出来るから」
「もうちょっとって・・・・」
さて、今日は日曜日である。
昼ごはんの支度をしているときに、やっと起きだしてきた瀬戸口に捕まった。
みおは大きなソファベッドの上に腰掛けている瀬戸口の足の間にちょこんと座らされている。
非常~に落ち着かない。
大げさにふうっっと息を吐いてみるが、後ろの男はまったく気付かないのか、懸命にみおの髪と格闘している。
「いい提案があるんだが」
と、瀬戸口が突然言い出したのは昨日の晩のこと。
瀬戸口はみおの髪を結ってみたいと何の脈絡もなく切り出した。
いつもは前髪を後ろに流してリボンで束ねているだけの髪。
長く豊かな黒髪はみおの膝裏まで届く。小さなころから伸ばしていたので本人はさほど気にならないが、端から見てるとやはり鬱陶しいものだろうかと不安になる。
それでも最初は、「嫌です」「破廉恥です」と散々拒んだのだが、結局瀬戸口に押し切られる形でしぶしぶ了承した。
「どんな風に結われるのですか?」
「それはできてからのお楽しみ」
実に瀬戸口自身が楽しそうに言ったが、本当は何も考えてなかったのではないかとみおは今更に思う。
でなければ、昨日は寝るまで、そして今日は昼ごはんの後からずっと、瀬戸口に髪を触られ放題という状況にはならないだろう。
瀬戸口の大きな手がみおの髪を掬うたび指がうなじに触れてくすぐったい。
それに瀬戸口の息もかかるので、それも居心地の悪さを倍増させている。
できるならこんな気恥ずかしさから早く逃げ出したくて、席を立つ口実をつけてみたりするのだが、その度に瀬戸口はそれを柔らかく阻止する。
即ち、なんとも可愛らしくお願いと手を合わせるのだ。
大の男がそんなことでいいのですか!
と問い質したい。
けれど何だかんだ言っても結局のところ許してしまうみおなのだった。
そんなことをつらつら考えながらいると、ふと瀬戸口が立ち上がり、冷たい麦茶と雑誌を持ってきた。
みおの座っている前のテーブルに取り易いように置く。
「退屈させてごめんな。でも、もうちょっと俺に付き合って」
と笑った。
それはどこから手に入れたのか女子高の生徒がよく話題にしているティーン向け服飾関係の雑誌。
月刊トレンディという男性誌を瀬戸口がよく読んでいるのは知っているが、これも同じく裏マーケットに売っていたのだろうか?
いや、並んでいる中には見た覚えがないから、書店までわざわざ足をのばしたのかもしれない。
だとしたら、女性誌の売り場でこの長身の人はさぞかし目立っただろう。
そんな場面を想像して、ふふふと思わず笑いを漏らすと、ん?と瀬戸口が首を傾げる気配がした。
「ありがとうございます」
と素直に礼を述べて、雑誌を手にとる。

そこには年頃の彼女には夢のような世界が広がっていた。

***

「出来た」
「え?」
瀬戸口の声に顔を上げると重みでくんと頭が後ろに流れた。
あわてて後ろに手を伸ばすと、いつもなら背中にそのまま流れているはずの髪が纏め上げられている。
ソファについた片手に堅いものがあたっているのに気付いて見ると、そこに雑誌が広げられていた。いくつもの髪型の作り方が掲載されていて、そのページのいくつかにマジックで印がしてあった。
もしかして、昨日からの騒ぎはこれらの髪型を全部瀬戸口が試していたからだろうか。
「我ながら、上出来。うーん、俺は自分の能力が恐いね」
瀬戸口は立ち上がっていったん奥の部屋に消えたが、すぐに片手に服らしきものを持ってかえってきた。
「みお、着付けは自分でできるよな」
「え、あ、はいっ」
戸惑うみおにほいと渡す。
それは白を基調とした朝顔柄の浴衣だった。
「これは・・・?」
「今日は祭りがあるんだってな。
ん?どうした呆けて。着物ひとりじゃ着付けられないか?
仕様がない。じゃ、俺が手伝おう」
黙っているとどこまでもどこまでも流されていきそうで、あわててみおは両手を顔の前に広げて首を振った。
「いいえ、結構です。ひとりでできますから!」
あわてて奥に走るみおに「そんなに警戒されると傷つくなぁ」とわざとらしい瀬戸口の呟きが聞こえる。
そんな声を無視して襖を閉め、みおはさっそく鏡に向った。
存外に綺麗に纏め上げられている髪はそのボリュームまで考慮に入れてか、一部を引き出すようにして後ろに垂らされている。
これもまたどこから手に入れたのか、飾りはみおの好みと浴衣の色に合わせ、控えめに小さな白い造花が差してある。
みおは胴衣を手早く脱ぐと、渡された浴衣に袖を通した。
さらりと軽く肌にかかるその浴衣は、丈もみおにあつらえたように丁度の長さで、色味も柄も上品でいい。帯は黄色で裏地が赤。それを見せるように捻る。
緩まないようにしっかり締めて背中に回し、後ろ手に羽の上下を調整すると・・・四枚羽の色味が映える重ね蝶々。
くるっとひと回りしてみる。
何年ぶりかの装いに自然と笑みがこぼれた。
そっと襖をあけて居間を伺うと、それに気付いた瀬戸口がおいでおいでと手招きをした。
そそっと恐る恐る近寄る。
「さずが俺の姫。よく似合ってるよ」
瀬戸口が大げさに両手を広げてみおを迎える。
「そうですか?」
片手を口元に当ててうれしそうにみおは頬を染める。
いつもなら聞き捨てなら無い言葉も流してしまうほど浮かれていた。
流れのまま疑問に思ったことをそのまま口にする。
「あの、隆之さんは浴衣をお召しにならないんですか?」
「うん?俺の浴衣姿がそんなに見たい?」
「い、いえ!そんな訳ではっ」
「ははは、俺は自分ではできないし、みおも俺を着付けるのは大変だろ?それにいざという時、お姫様を抱えて逃げ出せる身軽な格好の方がいいしな」
「逃げ出すのですか?」
戦うのではなくて?と言外に問うと、瀬戸口は肩を竦めた。
「そ。みおはほっとくと何処までも突進していくからな。
俺はサポート役に徹するつもり。俺はみおに危険が及ばない方をいつでも選ぶことにしているんだよ」
「そんな、人をイノシシかなにかのように・・・」
「イノシシ・・・ああ、そうだなぁ。猪突猛進とはよく言ったもんだ」
肝心なことをまた聞き逃すみおに瀬戸口は意地悪そうな微笑を向ける。
「隆之さん!」
「まあまあ姫。機嫌を直して。わたあめ買ってあげるから」
「イノシシ扱いの次は子ども扱いですか?」
「俺が食いたいの。半分こにしようか。りんごあめも」
「隆之さんて意外に甘党ですよね」
「んー、そうかぁ。気にしたことなかったが」
「ふふ、何だか可愛いですよね」
と不意に目の前が翳った。
顔を上げると瀬戸口の顔が間近に、

「こういうことする俺も可愛い?」

未央は果てしなく黙りこくった。

さて、瀬戸口は何をしたのでしょう?