貴方の優しい手を覚えてる。
流れる漆黒の髪と、凪いだ海のように静かな青い瞳。
その微笑みは、そこにだけ光が当たっているようだった。
俺の姫君。
俺の、明けの明星。
懐かしい貴方の声を、思い出す。
洞窟への行き道に、木の実を拾った。
栗色の丸くふっくらとした曲線。触り心地がすべすべとしてとてもよかったから、いくつか探して歩き、手土産に持っていった。
彼女に手渡すと、しばらくその手触りを楽しんで、ありがとうと笑った。
初めて俺に笑いかけてくれた人。
「おおおおお、お、おで、うれしい」
本当にうれしくて泣いた。
その時の俺の声は低くひしゃげて、どんなにか醜かっただろう。
見えない目で俺を映して、彼女はただ静かに耳を傾けた。
「どうして?」
「シシシシオネ、おお、おでに、笑う。なな泣かない。悲しくない」
ここに来るまでは、彼女に会うまでは、外は悲しいところばかりだった。
誰も、こんなふうには俺の手をとらなかった。
彼女は優しい声で言った。
「そう。貴方は、きっと寂しい想いから生まれたのね。
そして、ずっとひとりで生きてきた・・・
それなのに、優しいままの貴方がここにいて、私に”うれしい”と言ってくれる。私はそれがうれしいわ」
ぼたぼたと無様に落ちる俺の涙が、彼女の頬や髪を濡らした。
彼女は、そんなに泣いたらせっかくの大きな体が萎んでしまうわ、と笑みを深くして俺の手をさすった。
「見ていて。私は世界をきっと良いものにする。貴方がいつでも笑って暮らせる世界にするの」
それは、世界を明るくする歌声。
決して自分のためには戦わなかった。
いつもどこかの誰かのために嘘をつき続けた。
貴方の嘘が世界を明るくした。
そんな貴方が残した最後の約束を、俺は待ち続けてる。