昨日のことが嘘のように笑っている。
あいつはそんなに強い女だったか。
校門前、目が合ったからいつもの通り挨拶した。
校門前、目が合ったからいつもの通り挨拶した。
あいつもいつもの通り、俺にはにこりとも笑わず、ただ言葉だけでおはようございますと返してくる。丁寧に会釈までつけて。
相変わらず反吐がでる。
そんなのが美徳とでも本気で思っているのか。
黒髪が通り過ぎる。
とっさに俺は手を伸ばして、それを掴んだ。
「痛っ、な、何ですか?」
一瞬何が起こったのか分からなかったのだろう。
振り返り、俺が自分の髪を掴んでいるのに気付くと、壬生屋は何ですか?と僅かに声のトーンを落として繰り返した。
俺は髪を離さず、小声でも聴こえる距離まで近づくと笑った。
「?」
壬生屋は訝しげに首を傾げる。
「離してくださいませんか?授業に遅れ―」
「背中が痛いんだがね。思いっきり引っ掻いてくれたな。お嬢さん?」
「なっ」
傍目には俺がいつものように壬生屋をからかっている様にしか見えないだろう。
いつもの光景として、スルーされている。
「そんなこと、」
さすがに動揺したのか俯きかけた壬生屋だが、それを堪えきっと顔をあげた。
「私は知りません」
「耳まで赤くして――」
「あなたはっ!」
気丈な顔が怒りに醜くなるのは気分がいい。
口の端を上げて皮肉そうに笑う。
耳に近く唇を寄せて俺は囁いた。
「かわいいな。未央。またお相手してくれるかい?」
すうっと息を吸い込む音がした。
瞬間。
ドスンと壬生屋の拳が俺の腹にめり込む。
声もなくその場に膝を突く俺を一瞥もせず身を翻すと、壬生屋は校舎の中に消えた。
相変わらずに見える、日常。
俺は咳き込んで、手の中に残る印象よりも細い髪の何本かを地面に払う。
そのまま立ち上がると痛む腹を押さえ、校舎に向かった。