049 セピア  (にら)

(性行為描写含) 
髪は何色?瞳の色は?
ふふっ、意外と額が広いのね。
これは耳朶。やわらかいわ。
楽しげに少女が鬼の顔に触れる。柔らかい手の平で頭を撫で、細い指で顔の輪郭を辿る。
少女は鬼の膝の上に座っている。それを落ちないように太い腕で支える鬼は、少し戸惑ってるような困っているような表情で、それでも彼女の好きにさせている。
その姿のままに少女の声はとても優しく涼やかだ。鬼はそれを心地よいと感じる反面、己の醜さを思い知らされて、悲しい気持ちになる。自分はいつまで少女の側にいられるだろうと思う。
だから、少女の指が牙に触れた時、鬼は無意識に身を引いた。
経験で知っていた。何が怖いと問うて、その牙が何より恐ろしいと誰かが泣き叫んで命乞いをした。
鬼の動揺に気付いた少女は、少し怖い顔をして、だが次の瞬間には何かを思いついたようににっこりと笑った。
ね、目を閉じて。じっとして。
少女に言われるままに、鬼は目を閉じた。少女の言葉は鬼にとって絶対のものだったから。
頬に少女の手が触れた。
こうしてただ感じるのは、貴方の温かさだけなの。
そう静かに囁いて、少女は鬼の牙にキスをした。
鬼は、また泣いてしまった。

***

密やかな水音はどちらのものなのか、どこからしているのか。
狭い整備員詰め所に重なるふたつの影が揺れる。
足元には先程まで瀬戸口が被っていた毛布が冷たい空気とともにわだかまっている。
喉元を押さえられる形で食われるように重ねられた唇。
一方的な咀嚼の音が響く。
壬生屋は奪われる息の苦しさに、いやいやをするように首を振った。だが、逃げられず、顎を掴む瀬戸口に更に仰向かせられ口腔を貪られる。入り込む舌の感触。自分のものではない粘膜に与えられる嫌悪感とない交ぜの背筋を上る感覚に混乱し、身動きのとれない壬生屋を瀬戸口は膝を折るように毛布の上に横たえた。
髪は、体の下敷きになる前に瀬戸口の手にうなじからすくわれた。前髪を後ろで束ねていたリボンに指が掛かりほどける。それが落ちるままに瀬戸口は豊かな髪を壬生屋の片方の肩口にかき寄せた。そこから床にこぼれ落ちまた波紋を作る様に、何かを思い出したかのように瀬戸口の瞳が揺れる。
壬生屋は、固く目を閉じていた。
分からない。
唇を交わすことさえも初めてなのに、無遠慮に触れる手をただ受け入れている自分がいる。
伝えられる体温に縋り付きそうになる。
自分を追い詰めるのは瀬戸口なのに、救いを求めてしまいそうになる。
ようやく唇が開放されたと思ったのも束の間、呼吸の仕方を忘れたように浅く喘ぐ胸に這わされていた瀬戸口の手が、胴衣の合わせ目を割り直に素肌をなぞった。
羞恥に紅く染まった耳朶を噛まれ、抗いも封じられる。
瀬戸口は形を確めるように手の平と指でやわらかく愛撫しながら、耳の下から首筋へと唇を落としていき、鎖骨に辿りつくとそこを強く吸った。
痛みが走り、壬生屋は瀬戸口の腕の中から逃れようとして、制服の胸元を無意識に掴んでいた手を突っ張った。
上着から覗くワイシャツのボタンが飛び、もともと緩く締められていたネクタイが壬生屋の指に乱される。
瀬戸口はそれを気にも留めず、差し入れた手で壬生屋の胴衣の前を開いて、両肩を露にした。そして、意趣返しとでもいうようにその肩にやわく歯を立てる。
さあっとそこを震源地にしたように朱が広がった。
壬生屋は漏れそうになる声を唇を噛み締めることで押し殺した。
翻弄されている自分が歯痒い。
そして、手馴れている瀬戸口に、二重に傷つけられている自分は何なのだろう。
胸が、痛い。
目を開けるのが怖い。
鎖骨から続く筋肉の上のやわらかい所を食まれる感触。
胴衣が絡んだ腕を瀬戸口に押さえられていて前を合わせることができないまま、肩紐ごとブラをずらされる。外気に曝された肌に鳥肌が立った。
「あっ」
膨らみの中心を舐められ、これまで感じたこともない刺激に思わず声が出た。
そのことが恥ずかしくて、壬生屋は尚いっそう唇を噛み締める。
と、瀬戸口の手が伸びてきて長い指が壬生屋の唇をなぞり、それから抉じ開けて中に進入してきた。壬生屋の舌に絡ませる。
「ん、ふ・・・」
「噛むなよ。唇が切れる」
優しく咎めるような口調に、壬生屋は目をそっと開ける。
思ったより近くに紫の瞳があった。獣を思わせる縦に長い瞳孔は変わらなかったが、先程までの血の色は拭われていた。気付けば、痛いほどの圧迫感も今は薄れている。
指が抜かれ、また口付けが降りてくる。壬生屋は僅かに睫を伏せてそれを受けた。
甘い息に眩暈がする。
壬生屋が体の力を抜いたのに合わせるように、瀬戸口は壬生屋を後ろから横抱きにし、今度は肩甲骨に唇を当てた。
薄い皮膚に歯を立てられ、体が震える。
その反応に瀬戸口が息を微かに漏らして笑った気配がした。
それさえも新たな刺激に変わり、壬生屋をますます追い詰める。
いつのまにか、袴は抜かれていた。
片足に掛かる紅い布地が目の端に映る。
骨ばった手が下腹部を渡り、下着の中に入り込んだ。
びくっと壬生屋の体が揺れる。だが、再び加えさせられた瀬戸口の指のために、声を上げることもかなわい。何より、その指を無意識に噛むまいとしているために、体に力が入らなかった。
そんな壬生屋さえも計算済みなのだろうか、構わず、瀬戸口は淡く蔭る毛の絡む感触を楽しんだ。
そして、さらに足の付け根に指を伸ばし、緊張のために乾いたそこをゆるくなぞる。
皮膚が引き攣れる微かな痛みと恥ずかしさで、壬生屋はか細い悲鳴を漏らす。
顔が熱い。体も。このまま、燃えて消えてしまえればと思う。
けれど、奥から叩かれるような胸の鼓動に、意識を失うことさえもできずにいる。
瀬戸口が落ちそうなほどに紅く色付いた壬生屋の耳朶を後ろから、口に含んだ。
秘所から手が外され、胸に戻り膨らみをまさぐる。
それに思わず気を緩めてしまった隙を衝かれ、今度は口内を思うさま撫で、唾液に濡れた指を敏感な所に宛がわれた。
つっと、指の腹で弄られると、自分でも可笑しいほど体が跳ねる。
背を丸め、反らし、新たな刺激から逃れようとして、瀬戸口の腕に手をかけるが、逆に抱き込まれ押さえられてしまう。
背中に瀬戸口の制服の留め金が当たり、その冷たさにぞくりと身を竦ませた。
瀬戸口が髪の流れから覗く、白いうなじにキスをする。
指が、入ってきた。
壬生屋が小さく息を飲む。
無意識に異物を吐き出そうと下腹に力が入る。
身を固くした壬生屋を落ち着かせるかのように、瀬戸口が頬を撫ぜ、顔に掛かった髪をかきあげた。そのまま身体を入れ替えるようにして壬生屋を抱くと、また唇を重ねる。
入り口の浅いところを指が出入りする。
自分の体なのにそこだけ感覚が離れているような鈍い違和感に壬生屋は眉を顰めた。
その痛みをあやすような口付けで慰められる。
瀬戸口の手が、壬生屋のきつく握り締められていた手に触れて、指の付け根をくすぐり、絡まる。
その優しい感触に促されるように詰めていた息を吐くと、下を重くしていたものが少し楽になったような気がした。
だがそれも一時の誤魔化しだった。
次第に瀬戸口の指が増やされていく。
生理的な伸縮と粘液を利用して潜る指の動き。
腰が逃げをうつのを瀬戸口は軽く抑え、さらにその奥を解す。
それに乱され壬生屋はゆるゆると首を振った。
瀬戸口は組み合わせた手を引き寄せ、自らの肩に回す。
そして、指とは比べられない程の質量のものがそこに当てられる。
ゆっくりと時間を掛けてそれは押し入ってきた。
時折止まっては壬生屋を気遣うように、瀬戸口の手が肌の上を滑り、そこかしこに唇で触れて愛撫する。
しかし、それも気休めにしか過ぎない。
痛みと圧迫感に急速に指先が冷えていくのを感じる。
体が強張っていく。
この疼きは、この痛みは、何処からきているものなのだろう。
自分の体なのに、どうしてこんなにも不自由なのか。
息をすることも苦しくて、必死に肩に縋る。
苛んでいるのはこの人なのに、それでも他に掴むものはない。
この矛盾をどうしたら繋げることができるだろう。
瀬戸口の腕が壬生屋を抱き込むように回された。
角度が変わり、より深く熱に侵される。
瀬戸口の腕の中で、その胸に額を当て、漏れようとする声を殺した。
触れる手はどこか遠い。
分断されている外と内。けれど、その違いは?
体の奥に蠢くものは、誰のものなのか。
瀬戸口の欲か、それとも自分の欲か。
心が軋む。
閉じられた瞼の端の隙間から、涙が伝った。温く耳の窪みに溜まる。
それを舐め採られ、瀬戸口の息の熱さを感じた。
掠れた声が名前を呼ぶ。甘く落ちる。
それに呼び合うものがあった。
壬生屋は霞む目を開けた。
閉じていては彼の顔が見えないから。
手を彷徨わせる。触れるのはどこでもいい。
彼の息遣いだけを聴くのではなくて、彼の熱だけを伝えられるのではなくて、彼の心を少しでも汲み上げることができたなら――。
牙を探す。最後に口付けを交わした。
何て欲深い。
浮かび上がる意識が囁く。
彼をこんなにも長い間縛る約束を残した他ならぬ自分が。
腰が浮く。
焦点を失っていく瞳。
瀬戸口が二重にぶれる。
彼の背中以外には置き場のない手と、逃がし様のない熱を持て余しながら、けれど、意識を失うまでは目を閉じなかった。
名を呼びながら、裏切り、綺麗なすみれ色の瞳が決して自分を見ていないことを知っても。