瀬戸口は廊下を足早に歩いていた。
一つ舌打ちをする。
どうしたって自分はこんなに――
彼女に対してだけ余裕が持てない自分を自覚している。
壬生屋を前にすると、血の中に溜まり凍っていた澱が噴き出してくるのを抑えられない。
ならば、近づかなければいいのに、
――どこかで彼女の手を求めているのだ。
矛盾している。
いや、逆説的にか。
あの時も、心にあまりにも無造作に入ってきた彼女を、殺したい引き裂きたいと思いながら、一方ではすがるように体の温もりを求めていた。
癒されるはずはないのに。
救われるはずはないのに。
長く彷徨って、本当の自分が何処にあったのか、何者であるのか分からない。
何時とも知れない、渡り歩くうちに手に入れたものに、蝕まれ刷りかえられていったのかもしれない。
寄生でしかこの世に留まれないそんな希薄な存在で、記憶だけが変わらずに残っているなどと盲目には信じられないけれど。
ただ残るあの人への想い。
それでも、自分にはそこにしか縋るものはない。
だからこそ何故か不意にあの人を思い出させる彼女の言動に苛立ちを覚え、それに相反する感情に心を掻き乱されるのだろう。
瀬戸口は一瞬躊躇して教室のドアを開けた。
そこに壬生屋の姿はなかった。
ほっとしている自分自身に唾を吐きかけたい気分だった。
後からゆっくりと広がっていく苦々しさに顔を歪める。
これは後悔か?
否、俺は何を期待していたんだ?