099 非常階段  (にら)

始まりは覚えていない。

確かなことは――意識の破片は「在る」ことを望み、寄生という形態を選択した。

外界との境界なくしては融け去るのを待つのみだからだ。

身体はただの器ではなく、意識を実体とするもの。
形によってしか存在は他者に認識されず、その干渉によって「モノ」は「我」を形成し得るといえる。

だから、鬼と呼ばれた「我」は鬼以外の何物にもなれない。
鬼とはそうした存在なのだ。

外見の違い、ただそれだけで。

そう・・・、仕組んだものの筋書き通り。

***

白銀が閃く。

倒れふす数多の塊。

平衡感覚を飼いならす術はとうの昔に身に着けていた。
地に足がつく一瞬の違和感。それがこの体の主であることを知らせてくれる。

「瀬戸口隆之」の肉体になってどれくらいになるか。
精神体の容量に耐えられたとしても、寄生の負荷のために膨張し変形する器の寿命が尽きたところで次へと乗り換える中で、容量をコントロールすることができるようになったとはいえ、この器自体の耐性と身体能力が優れているのは確かだ。

芝村に良心はない。常に最善の投資をする。

絢爛舞踏の果てに”瀕死”の肉体を抱えた自分に接触した芝村が出した契約条件は、至極シンプルなものだった。

熊本においてヒトと幻獣との均衡を保つこと――。

報酬は肉体と士魂号西洋甲冑型の提供、そして後に実験体として破棄されるはずだった東原ののみの生存が付け加えられることになる。

「買われている」と見るべきなんだろうな。

瀬戸口は口元を歪めた。ヘッドセットの奥の瞳孔は窄まり、血が滴っているように紅い。

切り払った幻獣の体液を浴びながら舞を踏む。

涼やかな鈴の音が響き渡る。

彼女の歌には遠く及ばない・・・

***

帰還した瀬戸口を待っていたのは、いつものように岩田だった。

「それはうまく使っていただいているようですね」

「多少なりとも痛みはある。何も好き好んで身体を渡り歩いてるわけではないさ」

「意識体である貴方に痛覚があるとは・・・、実に興味深いですね」くくく、と岩田が喉の奥で笑う。

「ああ・・・、痛みが懺悔を運んでくる、というわけですか・・・?」

ねっとりと岩田の口角が引きあがるのを見ながら、瀬戸口は無言で手渡されるものを受け取った。

彼女と会えない自分に意味があるのか。

託された約束を表面上だけ取り繕って効力など発生するわけがないというのに、それでも足掻いているのは――

何よりも自分が生きたいと願っているのだ。存在を許されたいと。