020 月光  (もぞ)

フローリングに座り込み自分のベッドに頭を預ける。
春先の板張りの床はまだ寒い。
腰の部分に冷えを感じ瀬戸口は身を竦めた。
ベッドの上には女が横たわっている。
彼女の寝顔を間近に見つめながら、瀬戸口は無意識に歌を口ずさんでいた。
シーツに広がる長く美しい黒髪が月明かりに照らされて艶を持つ。
どうかこのまま目を醒まさないで…祈りにも似た思いを抱いて瀬戸口はそっと彼女の髪に触れる。
それはしっとりと湿り気を帯びていて、彼の指先に程よく絡みついてくる。
規則正しい寝息を確認しながら、その指先は彼女の温もりを求めて移動する。
身体が冷え切っていることは瀬戸口にとって幸なのか不幸なのか。
彼の指先は本能とも言える大胆さで彼女の首筋を正確に捉えた。
…瀬戸口の情けない祈りは通じている。

そもそも何故こんなことになったのか。
それは瀬戸口本人でさえよくわからない。
いや、ここは彼の部屋である。
彼自身が誘導しなければ女がここにいるはずもないのだから、そういう言い方はずるいのかもしれない。

新市街で会ったのは偶然だった。
戦闘の後だというのに休息を取ろうとしない彼女の行動に思わず酷い言葉を投げかけた。
いつものように彼女は俯き加減で唇を噛みしめ、耐えるかのように手を握りしめていた。
泣きは、しない。
出会った頃は感情のおもむくままに涙を流していた彼女であったのに、汚い感情まで呑み込めるようになったのはいつの頃からだろうか。
瀬戸口は戸惑うばかりでいつも最後は言葉をなくす。
言葉を呑み込んでさえしまえば、彼女に対する心配ばかりが彼の心に残る。
それは戦友のような感情でもあり。
むしろ保護者のような感情でもあり。
それよりは恋人のような感情ではないのかと思い至り。
しかし愛情だと言い切るには勇気が足りなくて。
いつだって不安定な感情に支配されては、かえって彼女に心配をかけてしまうのだ。
そして。
冷たい雨が降ってきた。
気が付けば瀬戸口は彼女の手を引いて走り出していた。

繋がれた手は抵抗する素振りさえ見せなかった。
彼女は強くて優しい人だから、瀬戸口の弱さに気付いてしまったのかもしれない。
人には愛を説きながら自分を取り巻く愛には懐疑的。
そんな彼の性質は彼女の青い瞳にどう映っているのだろうか。
それが憐れみであれ同情であれ、彼女に側にいて欲しいと願っている。
彼女がもはや特別な存在であることは疑いようがないというのに、それを認めるわけにはいかない彼がいる。

月明かりがやけに眩しい。
今も彼の指先は彼女の温かい身体の稜線を辿っている。
瀬戸口の冷え切った身体が痺れるほどに熱を持つ。
目を醒まさないで。
俺を見ないで。
側にいて。
出来ることなら受け入れて。
…祈りは欲深くなる一方だ。
唇にのせる異国の歌がただ冷たい部屋に流れている。