028 傷痕  (もぞ)

チリチリと熱を持った痛みを手首に感じながら、士翼号のコクピットの中に閉じ籠もる。
軍規違反は承知の上。
一人きりになれる場所がここしか思い当たらなかった。
焼け焦げて穴の開いた袴の裾を繕いながら、出るのは涙とため息ばかり。
早朝の出来事がどうにも整理できなくて、私の気は乱れたままだ。

嫌われていると分かっていても、声をかけずにはいられなかった。
どぶ川べりの橋のたもとにいた彼は顔を覆って泣いていた。
「あの…」
どうせ逃げられてしまうのに、私は彼を見捨てられない。

私の胸の内を知ってか知らずか。
彼は私を見返して、煙草を持つ手で涙を拭った。
「悪趣味だな、あんた」
そう、この言葉こそがあなたという人間だ。
「…私は…」
予想通りの反応とはいえ、私の胸はズキリと痛む。
「…し、始業前に仕事をするのは当然のことですからっ」
「………」
「だからっ、こんな早くに家を出て…そのっ…」
「………」
「別に、あなたと会ったのは偶然で、そう、偶然でしかなくって…!」
事実でありながらも聞き苦しい言い訳は、彼の行動によって止められた。

彼の手がしっかりと手首を掴んでいる。
食い込んでいく彼の爪が、私の肌を傷つける。
「偶然?」
思わず頷く私を、彼はぎゅっと抱きしめた。
「俺は壬生屋を待ってたよ」
動揺した心がすぅっと醒めていくのに私は気付いた。

嘘だ、ということはすぐに分かった。
分かってもなお、その嘘に縋り付きたい自分に気付いた。
彼の欠落感は本物だ。
今なら、こんな私でも、彼の支えになれるかもしれない…
己の感情があまりに情けなくて気落ちする。
彼の首筋に額を押しつけると甘い香りがした。

煙草の香りと甘い香りが混ざり合い、そこには私の知らない世界が見えた。
慌てて身体を離そうとするけれど、彼はその手を緩めようとはしなかった。

離れたくない、でも離れなければ…

私の右手はすばやく左腰へと移動する。
そして、私は、私たちは………

こんなはずではなかった。
瞬時に突きつけたのは抜き身の刀。
思わずよけた彼の手から火のついた煙草が放られる。
それは私の袴に当たり、私はそのまま逃げ出した。

こんなはずではなかった。
最後に見た彼は何故か優しく笑っていたのに。
抜刀するという禁をどうして自分は犯してしまったのか。
考えても答えは見えず、私はまた涙にくれる。