044 棘  (もぞ)

「いらない」と突き返された気持ちを持て余し、ぎゅっと己の身を両の手で抱きしめた。

恋をすることが、愛することが、こんなに苦しいことだなんて。
拒絶されてなお、欲する心は、自分を惨めにするだけなのに。

「瀬戸口くん…」

思い人の名を口にする。
誰よりも愛しい男は、よりによって目の前で、女子校の生徒と口づけをしている。

恋も愛もいらないくせに、迷惑すぎると嗤ったくせに。
私以外の女性には、あっさりとその懐を開け放つのだ。

高ぶる気持ちを抑えつけ、ゆっくりと一歩を踏み出す。
踵を返して逃げるなんて、絶対にしたくはなかった。

もう彼に振り回されたくはない。
そう心に誓うのは何度目だろうか。

俯きながら歩くのも悔しくて顔を上げると、彼と視線がぶつかった。
睨むでもなく、嗤うでもなく。
ただ縋りつくようなその瞳が心を締め付ける。

まだ口づけは続いているのに。
何故、目の前の彼女に夢中なふりをしないのか。

私の気持ちを「いらない」と言ったのは他でもない貴方だというのに。
どうして裏切られたような表情を見せるのか。

「…不潔ですっ」

思わず口をつく言葉。
いつもと何ら変わらない日々。

「何? そんなにラブシーンに興味ある?」

小馬鹿にしたような彼の口調もいつもどおりに私を傷つける。

この恋は、こんな愛は、捨ててしまいたいのに。
それでも彼の駄目な弱さが、私の心を捕らえて放さない。