ふと目をあけると整備員の詰所にいて。
心配そうに自分を見ている壬生屋の姿がそこにはあった。
オレンジ色に染められた部屋。
彼女の黒髪からほのかに漂う石鹸の匂い。
これは危険な雰囲気だと慌てて身を起こそうとした瀬戸口は、その時初めて、己の手が彼女の手を握りしめていることに気が付いた。
「うわっ…ご、ごめん」
思わず詫びを入れ手を放す。
上目がちに壬生屋の様子を窺ってみたが、どうやら怒ってはいないようで、ひとまず瀬戸口は安堵する。
「で、何で俺はここに…」
「金ダライが空から落ちてきて、その直撃を受けて気絶したんです。鍛錬が足りませんね」
「………」
それが倒れた人間に対して言えるセリフか。
「田辺さんを庇った遠坂さんは、にこにこ元気にしていますよ。整備担当者より軟弱でどうするのですか」
「なるほど」
だから壬生屋は冷たいのか。おのれ、遠坂。
瀬戸口はおぼろげに倒れたときのことを思い浮かべる。
あのとき、田辺と壬生屋が何か熱心に話し込んでいて…そう、珍しい組み合わせだなぁと眺めていたら、タライが降ってきたんだよな、二人の真上に。
それを見た瞬間、身体が勝手に動いたんだっけ。
「でも瀬戸口くん、必死の形相で走ってきましたけど、何か用事でもあったのではないのですか?」
「………」
それは、壬生屋さん、貴女を助けようとした、俺の必死の恋心だと思うんですけど。
しかし、そうと口に出来ない瀬戸口は、曖昧な笑みを浮かべて立ち上がる。
「お前さんには関係のない話だ」
「………」
今度は壬生屋が黙り込む。
先程まで瀬戸口と繋がれていた指先をキュッと握りしめ、ただ、壬生屋は俯いた。
瀬戸口は「しまった」と思ったが、何と言えばよいのかが分からない。
いや、相手が壬生屋でなかったら、どんな巧言でも口にすることが出来るのに――
「…まいったな…」
低い声で呟く。
壬生屋は瀬戸口を見ることなく立ち上がると、草履に足をかけた。
「お大事に」
擦れ違いざまに、壬生屋はぽつりとそう言った。
上手いこと会話を続けようとした瀬戸口であったが、結局は何も言えないまま彼女の背中を見送った。
「はぁ…」
溜め息をついて、頭をポリポリと掻く。
彼女の残り香が瀬戸口の心を揺らがせる。
「今更、何も言えないだろ…」
自業自得。
側に居て欲しいとか、まして、貴女が大切だとか、一体どの口で言えるというのか。
もう一度、瀬戸口は畳の上に横たわった。
気が付けば、すでに辺りは暗くなっている。
仕事をさぼれば、きっとまた、壬生屋が懲りずにやってくるかも。
強気なんだか弱気なんだか分からない思いを抱えながら、瀬戸口は再び目を閉じた。