ひどく冷めた善行の声。
怒りを隠さない原の声。
物資の不足をめぐる二人の言い争いは連日連夜続いている。
交渉ごとに関しては一家言ある二人だが、今夜も決裂状態で時間切れとなってしまった。
言い争っている間にも戦争は続いている。
安易な妥協はすべきでないが、口先だけで遊んでいる余裕など最早ない。
人の命に関わることである。私情を挟むつもりはない。
しかし、人間であることをやめられない二人は、私情に捕らわれて1日を終える。
お互いにこれではいけないと思いながら帰途につく。
以前は夜道を送るかどうかでさえ口論の種になっていたというのに、すでに二人には意地をはる気力も残ってはいなかった。
ただ、黙々と、二人、並んで、歩く。
そこには何の駆け引きも存在しない。
駆け引きのない男女の仲が、こうも味気ないモノだったとは。
過去を思って二人は黙る。
その沈黙にすら疲れたのか原は立ち止まった。
けだるそうに善行が振り返る。
「どうかしましたか?」
原は答えない。
「私たちには時間がないんですよ。休息するのも大事な任務なんです・・・あなたなら分かっているはずでしょう」
淡々とした善行の言葉が原の心に染みこんでいく。
かつて自分の名前を呼んでくれた声だというのに、今ではひどく他人行儀で・・・そしてそのことが何故か落ち着く。
昔からそうだったのだ。
愛し合っていたときだって善行が原だけを見ていたことは無かったのだ。
あの頃は自分の存在しか駆け引きにする材料がなくて、子供じみた我が儘を言っては彼を困らせてばかりいた。
今は仕事を材料に善行と駆け引きをしている、それだけのこと。
「私、あなたのこと嫌いよ」
「知っています」
原は力なく微笑み、歩き始める。
こんなときに思い出してしまう。自分がまだ善行のことをどうしようもなく好きだということに。
気付けば取るべき道はもう決まっている。
私たちは戦争をしているのだ。私情を挟むつもりはない。
「無いものについて話し合いを続けるのは不毛だわ、善行」
すれ違いざまに声をかける。背後で息を飲む気配がした。
「物資を獲得する方向で話し合いをしたいんだけど・・・私のアパートに来ない?」
「・・・遠慮、しておきますよ」
彼の答えに原は満足そうな笑みを見せた。
善行は安堵する。
あの頃の幼かった彼女はここにはいない。
善行が誰か一人だけを見つめることはないと知っていながら、血を吐くような思いをして笑顔で嘘をつく女が一人いるだけだ。
戦争が続く限り、二人が交わることはないだろう。しかし平行線のままでも近づくことは出来る。
速度をあげて原の横に並んで歩く。
まだ彼女は笑顔のままだったが、何かを悟ったかのような憂いをおびていることに彼は気付いた。
善行が関東に戻ったのは数日後のことである。
この日の5121部隊はひどく静かだった。