この手の中に愛はない。
与えられた愛情を拒絶するしか道はなく、それで彼女を追い詰めた。
軽やかな笑い声も、魅了する笑顔も、その全てを僕は壊してしまった。
まっすぐだった性格でさえ歪ませて、もはや自分が愛した彼女は姿を消した。
僕が彼女の愛を拒絶してまで成し遂げたかった正義とは、そんなに尊いものだったのか。
自問自答をしたところで、あの日の彼女は戻りはしない。
彼女と彼の関係を知らないわけではなかった。
――むしろ最初は歓迎していた。
厄介払いか、責任逃れか。
人はいろいろ言うだろうが、彼女の幸せを願う気持ちに嘘はなかった。
素気ない態度を見せていても、彼女を守る為の方便は何でも使った。
憎まれても。
恨まれても。
蔑まれても。
唯一愛した彼女が生きられる世の中であるのなら、僕はそれだけで満足だったはずなのに。
僕は知ってしまった。
気付いてしまった。
今でも彼女の目は期待を込めて自分を見ている。
与える愛情など何も残ってないはずなのに、それでも僕に執着する彼女の心が重かった。
聞けば「愛はない」と答えるだろう。
分かっている。
彼女はその強がりで自分を保っているのだ。
僕に当てつける為ならば、仲間でさえも裏切る女。
一途な思いはそのままに、愛だけを失った彼女はどこまで流転するのだろう。
そういう彼女に仕立てたのは自分だと分かっていても、そう、この手の中に愛はないのだ。
彼女もきっと知っている。
嫌うよりも求める方が、僕の精神を追い詰めるであろうことを。
夜明けのハンガーで偶然出くわす。
おはよう、の挨拶もなく、彼女の手が僕のネクタイを掴み取る。
甘い香りと煙草の匂い。
…仲間との情事の後は、いつもそうやって僕に絡む。
「肌が疲れてますよ」
「あなたが全部悪いのよ」
微笑む彼女は見知らぬ女だ。
この手の中に愛はないのだ。
外見がどれほど彼女に似ていても。
その在り方が彼女でないなら。
僕はもう欲しくはない。