(遠坂×田辺)
午前九時。
尚敬高校の正門では青い髪の少女がにこにこと笑顔で立っている。彼女と待ち合わせをしていた遠坂は、自分の心が晴れやかになるのを感じていた。いや、彼女はいつも笑顔を絶やさないが、今日は殊更に幸せ気分を振りまいているのだ。
「どうされたんですか、田辺さん」
「あ、あの、私とっても嬉しくて」
そんなに自分とのデートが嬉しいのかと感激したのも束の間。
「てるてる坊主の御利益ですよね。こんなに綺麗に晴れ渡って………」
田辺は自分の為した行為が天候を良くしたのだと信じている様子である。子供じみている喜びように、しかし遠坂はそれはそれで嬉しいのであった。
「いいお天気ですね。こんなことならデートの場所を屋外にすれば良かったですね。すみません。今からでも行き先の変更をしましょうか?」
「あっ、へ、変更だなんて、そんな、私そんなつもりじゃ…博物館に行けること、本当に楽しみにしてます…本当です。本当なんです。」
焦る姿も可愛く感じて、遠坂の口元はゆるみっぱなしである。
博物館は昔…1944年以前の熊本県の写真展を開いていた。日本という国は四季があって美しいと言われている。
しかし幻獣の出現とそれにともなう戦闘により、日本人は自然の移ろいを肌で感じて味わうことが出来なくなっていた。
「田辺さん」
二人は阿蘇の写真の前で立ち止まっていた。雄大なカルデラの風景。そこには放牧された牛たちが草をはむ景色が大きなパネルで展示してある。
「自然というのは素晴らしいものですね」
「そうですね。こんなに緑が豊かだなんて、本当に素晴らしいです」
本当に嬉しげに語る田辺を見つめ、遠坂は言葉を続ける。
「田辺さん」
「はい?」
「僕が牛になったら阿蘇のカルデラに放して下さいね」
「はい…え、えぇ?…は…?」
「僕が牛になったら大自然で飼ってください」
ゆったりと穏やかに話す遠坂。しかし話す内容はさすがの田辺も凍り付いてしまう展開で………。
「う、牛ですか?」
しかし付き合いの浅い二人である。田辺は何とか彼の機嫌を損ねないようにと頑張って会話を広げることにした。
「そうですね、はい、阿蘇に放してあげます。…でも、私は阿蘇でどうやって生計を立てればいいのでしょうか」
「田辺さんは放してくれるだけでいいんです。そして年に一回でも電車に乗って阿蘇に来て下さい」
「はぁ」
「僕は電車が通るたび線路に近寄っていって、必ずあなたを探し出しますから」
しんみりと話す遠坂。答えようのない田辺。
「でも、私が阿蘇に来たこと、遠坂さんはどうやって知るのでしょうか…」
「あなたが来てくれることを思って、僕は毎日、線路沿いに立ちますよ。あなたが車窓から見えるその日を、そう、来ないかもしれないその日を思って、僕は毎日待っています」
「そんな…かわいそうです、そんなの…」
田辺は泣きそうな顔をして、それでも少し言い返す。
「じゃ、じゃあ、私が牛になったら、阿蘇に放してくれますか?私だって毎日あなたの姿を探しますっ」
「いえ、僕はあなたと一緒に阿蘇に住もうと思っています。いくらかの蓄えはありますから、それが尽きるまでは一緒にいられることでしょう」
「…それで…?」
「僕の財産がなくなったら、僕は自分のパーツを売ろうと思います。最初は髪の毛、次は腎臓、血液…あとは角膜…」
「角膜…目が見えなくなりますよ」
「はい、そうなる前にあなたのことを託せる人物を捜しますから、あなたは何も心配しなくていいんですよ」
「そんな!遠坂さん、あなたはどうなるんですか?」
「僕は…僕はあなたをいつまでも思い続けます。それが僕の愛の形…なんて言ったら迷惑でしょうか?」
田辺はふるふると首を横に振った。
涙目になりながら遠坂への愛を誓った。
ところで。
「熊本市内から阿蘇まで牛を運搬する費用を田辺が払えるわけがなかろう」
「ま、舞、多分つっこむところはそこじゃないと思うんだけど…」
「みんな、けいちゃんを笑ったらめーなの!けいちゃんいっしょうけんめいなのよ」
「は?いっぱいいっぱいの間違いだろ?」
「牛の話で感動しそうになったのは初めてです…」
「感動しそうになったやつを見るのも初めてだがな…」
「訳が分かりませんね。感動のポイントはどこにあったのでしょう」
「はい、おそらく盲目の愛、というところではないかと」
「お寒いわねぇ。駄目よ田辺さん、男を放し飼いにしちゃ…」
「「え?」」
博物館で鉢合わせになった三組のカップルと一組の集団が徒党を組んでこっそり二人を見ていたのは、また別のお話。