(瀬戸口×シオネ)
風が舞う。
早咲きの桜の花びらに誘われるまま、懐かしいこの場所にやってきた。
声が聞こえる。
――泣かないで――
振り返る。
――あなたの元に帰ってくるから――
誰も居ない、居るはずもないと理解っていても、視線はあの人を求め彷徨っている。
土埃。
空を見上げれば、雲の流れが速く。
過ぎゆく時間に取り残された己を思い、目を閉じた。
どこまで行けば、どれほど経てば、あなたを思い出に出来るのか…
瞼の裏に映るあなたは鮮明とは程遠い霞のような存在でしかないというのに。
心に棲むあなたの声が…あなたの慈悲深い声が、俺を夢と現に閉じ込める。
――もう、いかなくてはならない頃合いね――
いく、行く、逝く…今いっても無駄死にだ、もっと他に良い策が、そう何かあなたが生き残れる良い策が…
だけれど俺の声はひどく不自由で、この口から漏れるのは醜い嗚咽だけだった。
――私はきっと戻ってくるわ、だからそれまで皆を守って――
毒を食らい、その亡骸さえも業火に焼かれ、あなたはこの世を旅立った。
俺はあの日から動けない。
時間薬は俺を癒やすことなく。
希望は夢に、夢は悪夢に。
朽ち果てることを願いながら、あなたの言葉に縋り付く。
立ち止まったままの俺の手元には、もう温かいものなど何も残っていない。
残っているのは、あなたへの執着と。
残酷な現実。
うっすらと目を開ける。
刻まれたはずの足跡は、もはやそこには残っていない。
そこかしこで感じられるのは無常観。
――あなたの元に帰ってくると、約束するわ――
その言葉は真実か。
俺を泣かせないための優しい嘘か。
――だから、泣くことなんて何もないのよ――
振り返る。
誰も居ない、居るはずもない。
思い出になんて出来るはずもない。
別れの言葉を告げることが出来なかった寂しいあなたを、俺はとても愛していたのだ。
あなたの声がこの心に棲む限り。
無常を超えて俺の心はあなたのもので在り続けるのだから…