「ね、善行」
と、嫣然として原は彼の名を呼ぶ。
「これの下に立っているというのが、どういう意味なのか知ってるんでしょ?」
「…まさか、あなたにそれを許されるとは思いませんが」
「あら。ここに女性が立っているのを無視する方が有り得ない話じゃない? こういう時は形だけでも申し出るのが筋というものでしょ。それも私みたいな美女がこうして立っているのに」
「はぁ…それは気が利かず、済みません」
一瞬、困惑の色を見せながら、しかし、全く知らぬ仲でもなく。
善行はその距離を詰め、彼女の顎に手を掛けようとする。
「――なんてね」
その寸でのところで原は笑い出す。
「私がわざわざキスなんか強請るはずないじゃない」
朗らかともいえる声でそう言った。
これほど間近にこの顔を見たのはいつ以来のことだろう。
そんなことをうっすら考えながら。
「しかし…それはそれで、いいのですか? 拒否すると来年、婚期に恵まれなくなるそうですが」
「バカねぇ」
彼の言葉に、心底呆れたように原はこう返した。
「そんなの当然じゃない。この状況下で、誰が私を放してくれるのかしら? まだ当面は仕事が私の恋人よ。ま、せいぜい、早く、そうでなくなる日を実現してよね、司令」
勝気な笑みを浮かべ、彼女は宿り木の下から離れる。
――それはただの幻想。
キスひとつで未来を約束してくれるような男ではない。
むしろ、この日々が続くほどに、彼との縁は切れそうにない。
そう、キスひとつの約束より、余程、確実に。
そのまま、軽やかな足取りで立ち去ろうとする原を、善行は呼び止める。
「では、その恋人と過ごす時間を、ほんの少し、譲ってもらえませんか――今夜だけでも」
本当に変わらない。
相変わらず狡い男だ。
決して総てを攫いはしない。
欲しいなら、さっさと奪えば良いものを。
今も昔と変わらず、ただの小娘と侮られているのか。
それとも、待っていてくれと言う甲斐性もないからなのか。
きっと、そのどちらも正しいのだろう。
「――そうね、今夜くらいはね」
あなたがそうだから、私も総てを渡せないのよ。
心のうちでそう嘯き、彼女は聖夜のひとときを彼に委ねた。