『からまわり』  (もぞ)

やるせない気持ちはどこにぶつけたら良いのやら。
ありえない光景に壬生屋は少しだけ心を狭くした。
だって戦時下の、しかも激戦の地である熊本で、いったいどうしてこれだけのチョコレートが集まってしまうのか。
紙袋一杯のチョコを手にして嬉しそうに笑っている瀬戸口に八つ当たりだってしたくなる。
「俺がかき集めたワケじゃないし。それに速水の分も入ってる」
そんなことは分かってます、と強く言っては深く後悔。

そもそも瀬戸口がチョコを手に喜ぶには理由があった。
甘い食べ物をののみにたくさん与えられることが単純に嬉しいのである。
女性からの好意もまぁ嬉しくないわけじゃないのだろうが、バレンタインデーに意味を持たせたくないこの男は、あえてその点について無視を決め込んでいるようなのだ。

はぁ、とため息。

速水が瀬戸口に渡したチョコの中には、当然、舞から贈られたものはない。
すでに恋人同士なのだから儀式めいた小道具など必要ないのだ、と舞は言う。
何より速水は舞のために世話を焼きたい男である。今日はバレンタインだからと舞にチョコチップの入ったクッキーを差し出したほどだ。
「羨ましいです…」
思い出して呟く壬生屋。
「そんなにののみが羨ましいのか」
そうじゃなくて、と言う気力も無く、そそくさと帰る準備を整える。
瀬戸口が視界に入らなければ傷も浅くてすむはずだから。

バレンタインデーは壬生屋にとっても、ちょっとしたチャンスだった。
仲は悪くないのに一向に進展しない瀬戸口との関係を、このイベントで何とかより良いものにしたかった。
なのに壬生屋の目の前で、瀬戸口は貰ったチョコレートの全てを紙袋に投げ込んでいくのである。
気持ちを受け取って貰えないなら、チョコレートは渡す意味もない。
用意したチョコは、すでに自分の手でののみにあげてしまった。
ののみはとても喜んでくれたし、そのことについて壬生屋も心から良かったと思っている。

だからこれは八つ当たりなのだ。
もはやチョコレートなんてどうでもよくて、想いを伝え損ねた自分に腹が立っている。
物に頼るから失敗するのだ…再びため息をつき立ち上がる。
「それでは今日は帰ります」
敗北感漂う壬生屋の姿に、瀬戸口は困ったような顔をする。
「まだ夕方だぞ、仕事だって残ってるだろう?」
「…いえ、仕事はもう終わらせましたから…今日は疲れましたので帰ります」
「じゃあ送るから」
「…今日はもう仲良くしたくないんです」
「泣きそうな顔で言うなよ」
瀬戸口の手が自然と壬生屋の掌を包み込む。
ずるいです、という囁きは強さよりは甘さを持って瀬戸口の耳に届いたようだった。

優しさと必死さで彼は彼女に訴えかける。
「いつかケジメをつけるから。きちんと俺からお前に言うから」
だから、待って。もう少しだけ。

身勝手な言い分だと思いつつ、肯く壬生屋。
「でも…」
いつもの笑顔に戻り、続ける。
「私のことを待っているだけの女性だと思わないでくださいましね」
そっと瀬戸口から身を離し、軽やかな足取りで壬生屋は教室をあとにした。