『Even if you hate me.』  (もぞ)

整備員の詰め所で眠るののみをヨーコに奪われ、居場所をなくした瀬戸口は、仕方なくハンガーの方へ足を向けた。
夜も更けたというのに、校内は慌ただしい。
ハンガーからは怒号が聞こえ、瀬戸口はひとり肩をすくめた。

夕刻の戦闘で傷付いた一番機。
替えのパーツが尽きたことを、整備主任の原が善行司令に訴えている。
「一番機は両手に刀を持つスタイルなのに、腕一本まるごと代用品でやれって言うの? そんなんで戦えるの?」
「そういう状況でも戦うのが戦争です。議論は終了、物資調達については最優先事項とします、それでよろしいですか?」
「…あなた、壬生屋さんに助けてもらったくせに、随分と酷いじゃないの」
善行はそれには答えず、原の肩を二度ポンポンと叩いた。ハンガーに派手な金属音が響き渡る。
「…スパナも備品ですよ、大事に扱うように」
原の怒鳴り声がさらにヒステリックになっていく。

友軍機「きたかぜ」がスキュラのレーザーに撃墜され、その破片が指揮車に向かって落ちてきた。
瀬戸口が逃げ道を算出しようとしたところに現れたのが、壬生屋搭乗の一番機であった。
彼女の戦車は持っていた超高度大太刀を投げ捨て駆け寄ると、その手を指揮車の上方にかざし、落ちてくる破片から守ったのである。
だが、その行為を善行司令は認めなかった。
人型戦車のパーツはとても貴重で、それを損傷させたこと自体が問題であること。
そして、戦車を一台欠いた5121小隊が勝利を収められなかったことを、壬生屋の英雄的行動のせいとした。
「あなたの行為は無意味です。指揮車の替えも、そして、私の…司令の替えも、あるということを忘れていませんか?」
予想外の叱責に、壬生屋は反論しようとして、それを瀬戸口に止められた。

「…ハンガーは、居心地わるそうだな」
独りごちて、今度はプレハブの校舎へと足を向ける。
戦闘中に壬生屋がとった行動について、小隊の多数は「良いことをした」という認識でいる。
今のところ、善行司令一人が悪者となっているが、実のところ、瀬戸口は善行の行動を肯定していた。
あのとき、友軍機がスキュラの射程に入ったことは、すでに瀬戸口とののみが認識していて、「きたかぜ」撃墜の可能性を前提に指揮車を動かすことも想定していた。
壬生屋の行動を無意味だとは思わないが、一番機が守ってくれなくとも破片の直撃を避けられた、というのが、彼の考えであった。
もちろん、軌道を算出してから、実際に動かすまでのタイムラグはある。
直撃を受けなくても、小さな破片が落ちてくれば、指揮車は動かなくなっていたかもしれないし、場合によっては、ののみなどは負傷していたかもしれない。
そういう意味では、壬生屋の行動に感謝はしている。

だがな、と瀬戸口は、そこで、また考える。
考えながら顔を上げると、整備員の詰め所から出てくる芝村舞の姿が見えた。
ののみの様子でも見に行ったのであろうか。
いや、そんなヒマなことをする女でもなかったかと思い直し、ただ関わり合いになりたくなくて回れ右をする。
「待つがいい」
よく響く声。
聞こえないふりは難しいと、もう一度また回れ右をした。
舞は悠然とこちらに近付いてくる。面白くなさそうに歩いてくる姿に、瀬戸口はため息をついた。
「何かご用でもおありでしょうか、お姫様」
「用があるから呼び止めた」
「まいったなぁ…俺には用事なんてないんだけど」
ヘラヘラと笑って見せる。舞はそんな瀬戸口に一瞬眉をひそめたが、すぐにまた面白くないという表情に戻った。
「壬生屋の件だ」
「あの女、芝村に助けを請うだなんて、見下げ果てたやつだ」
「壬生屋は私に頭を下げるような人物ではない、私の勝手でしていることだ」
「…随分と傲慢だな」
「我ら芝村は総じて傲慢だと言われている」
「褒めて、ないんだけど、ね」
ズキズキとこめかみが痛くなる。
壬生屋のことは嫌いだが、芝村である舞のことは苦手であった。
だいたい速水はどこにいるんだ、と辺りを窺うと、詰め所の扉の奥にやはりこちらを窺っている人影が見える。

これは逃げた方がいいな。
瀬戸口は舞の脇をすり抜けるつもりで一歩足を踏み出した。
しかし、どう動いているのか、仁王立ちの彼女に進路をことごとく塞がれてしまう。
それならばと、反転して逃れようとすると、今度は舞の細い腕が瀬戸口の急所を正確に捉えた。
「つっ…」
思わず痛みを訴えるが、もちろん舞の手は緩まない。
「たわけが。待てと言っているだろう」
「おいおい、これが人に物を頼む態度かよ…」
「悪いが雰囲気を読むことは苦手だ。そういうことは厚志に任せている」
今度はのろけか、と思わず笑う。
舞はそんな瀬戸口の態度を気にするでもなく、話を続ける。
「壬生屋をぞんざいに扱うな、瀬戸口よ。あの者の兵士としての品質が低下するだけでなく、ののみも心を痛めている」
「おいおい、ちゃんと筋は通して欲しいな…兵士の品質管理は俺の仕事でも、姫さんの仕事でもない、司令の仕事だろ? それにののみに嫌な思いをさせてるのは壬生屋であって俺じゃない」
「才能を惜しむな、瀬戸口。そなたには壬生屋の性能をあげる能力がある」
「俺の能力をどう使うかは、俺の勝手だろう? 俺に介入するのはやめてくれないか」
「己の能力を知った上で、壬生屋の性能を落とすのは、軍規に違反すると思うが、どうだろう」
「俺は、壬生屋自身の品質低下でアイツが学兵を辞めることが出来るのなら、それが一番いいと思うがね」
「ほぅ、そういう意図か、なるほどな…私から見れば、瀬戸口、そなたも傲慢だと思うぞ」
二人の間に沈黙が流れる。
そして、お決まりのように速水がぽややんと駆け寄ってきた。
二言三言、速水と言葉を交わして、瀬戸口は舞のテリトリーから脱出する。
芝村とは言え、親友の恋人と対峙するのは、決して気持ちの良いものではない。
緊張状態から抜け出せた安堵感から深呼吸をすると、夜風が実に心地よかった。

さて、どこに行こうか。
仕事をするのも気が滅入るし、仲間に壬生屋のことで説教を受けるのも、もうゴメンだった。
「帰るかな」
ふいに壬生屋の横顔を思い出す。
あのとても哀しそうな青い瞳が、瀬戸口の胸を締め付ける。
突き飛ばして、心を傷つけて、さらに追い打ちをかけて。あんな目をさせたのは自分自身であるのだと分かっている。
分かっていてなお心配するなんて、身勝手にも程があると自分でも思うけれど、それでも思い出さずにはいられない。
…そもそも壬生屋のことは嫌いなのに。
あのとき、武器をも捨てて駆け寄ってきた一番機の姿を見て、瀬戸口は一瞬何が起こったのか分からずに呆然とした。
補給ライン近くにいたとはいえ、幻獣のいる中、武器を手放すなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
なぜあの女は、すぐに自分の命をかけてしまうのか。なぜ、自分の命を最優先にできないのか。
残された者の悲しみがどれだけ深いものであるのか、どうして想像出来ないのだろう。
正門を抜ける道は、木々がうっそうと生い茂っている。
暗闇の中、草履が擦れる音がする。
「お前の戦い方は、間違っている」
歩調を緩めることなく、瀬戸口は真っ直ぐに進む。
「まず自分の命を守りきることが、たいした実力もないお前の仕事だろう」
何のためらいもなく、己の腕を真っ直ぐ伸ばす。
指先にやわらかい髪が絡みつくのもかまわずに、瀬戸口は目の前にある細い肩を握りしめた。
「命を粗末にするヤツに守られたって、俺たちは嬉しくなんかないんだ、分かるかい、お嬢さん」
壬生屋の手から荷物が落ちる。
仲間のために調達してきたのだろうか。
たくさん詰め込まれた牛乳のテトラパックが、パタパタと袋から地面に飛び出してくるのを、二人はただ、見つめた。
瀬戸口の決して頑丈とはいえない指が、壬生屋の肩にグイグイと食い込んでいく。
骨が軋む音が、指先を伝って耳に届いた。
何か言え、何とか言ってくれ。
そうでないと。
そうでなければ。
俺はまた、お前を無意味に傷付けてしまう。

情けない祈りが通じたのか。壬生屋は意を決したように顔をあげ、青い瞳に瀬戸口を映した。
「…人を助けるのに、己の実力がどうであるとか、危険であるとか、そんな理屈は関係ないと思います」
「はっ、そうやって自分の無謀さ加減を正当化するのか。迷惑な女だな」
「私は…」
壬生屋はその両の手で瀬戸口の手を握りこむ。
「…私は、幻獣を狩るためだけに戦っているのではありません。仲間を守り抜くために戦っているんです」
勘所でもあるのだろうか。
壬生屋がグッと力を込めると、驚くほどあっさりと、彼女の肩から瀬戸口の指先がはずれる。
「もちろん仲間の中には、ちゃんと瀬戸口くんも入っています」
「それは大迷惑で嬉しいね」
「命をかけて戦わなくては、力なんて発揮できません。大切な人を守りたいというのは、そんなに非難されることですか?」
「そりゃそうさ、死ぬのは最悪だ!」
「…私は、死にません」
壬生屋は一歩後ろに下がると、落ちた袋に手をかけた。
テトラパックを一つ一つ丁寧に詰め直している。
最後の一つを手にとって、それを瀬戸口の前にそっと差し出す。
「私が仲間を守るように、仲間も私を守ってくれると信じております」
「………」
「それとも瀬戸口くんは、私を守りたくないほどに嫌っておられるんですか?」
「………」
「…ふふっ…そういうことも、あるのかもしれませんね…」
自嘲気味に壬生屋は笑う。
瀬戸口に受け取ってもらえないテトラパックが、彼女の手のひらの中で寂しそうに佇んでいる。
壬生屋はじっとそれを見つめ、そして、何かを諦めるかのように目を閉じた。

涙が頬をつたって落ちるのが暗闇の中でもよく見える。
それでも自らを奮い立たせるように明るい声で、しかし、静かに壬生屋は言葉を繋ぐ。
「でも、そうであっても、私は、あなたを守るために戦いたい」
「………」
壬生屋の手からテトラパックを取り上げる。
それをポケットにねじ込んで、瀬戸口は荷物ごと彼女を抱きしめた。
「な、な、何をっ!」
渾身の力を込めて壬生屋は身を捩ったが、瀬戸口の手から逃れることは出来なかった。
「俺は壬生屋のことが嫌いだよ」

哀しげな青い瞳も。
死に急ぐような戦い方も。
自分の命よりも他人の命を守ろうとする生き方も。
決してぶれることのない、その真っ直ぐな魂も、何もかも。

「だがな、どんなにお前が嫌いでも、それでも俺は、お前には生きていて欲しいんだ」
重なった身体をゆっくりと放す。
視線をしっかりと合わせ、幼子に言い聞かすように思いを伝える。
「無謀なことはしないと誓ってくれ、俺の指示をちゃんと聞くって誓ってくれ、そうでなきゃ、俺はお前を守れない」
壬生屋のまつげが揺れる。
「お前を守れなかったら、俺の心はきっと死ぬ。それは俺を守れないことと同じだ」
「…同じ…?」
「俺の言ってること、分かってる?」
おそるおそる確認してみる。壬生屋は小さく頷いた。
「…私は、きっと瀬戸口くんを守ってみせます。あなたが私を嫌いでも、私はあなたを…」
言いつのるその口調。
瀬戸口は首を横に振りながら、人差し指をそっと彼女の唇に押しつけた。