田代の通信は普通通信だったため、ほぼ全ての隊員の知るところとなった。滝川はしばらく立ち上がることができず、壬生屋は深呼吸を繰り返した。若宮は田代のいる方角に敬礼した。ののみはただ泣き続けた。
補給終了まであと2分――
時は少しさかのぼる。
芝村が速水の額に向けて拳銃を撃ったが、実はそれは空砲だった。
激しい銃声にもかかわらず、速水は眉一つ動かさなかった。汗を流すのは芝村の方で、焦燥を感じながら速水に問うた。
「なぜ、空砲だと分かったのだ」
「分からなかったよ。だけど、実弾が入っていても僕を殺すことはできなかったと思う」
(狂人め!)
芝村は拳銃を投げ捨て背を向けた。補給を中断し、ひとり3号機に乗り込むつもりだった。
(理解できぬ。とても付き合っておられぬ)
――そこに、田代の普通通信が流れ出したのだった。
立ち止まり、速水とともに田代の最後の声を聞いた。
胸が震えた。聞いた後、背を向けたまま芝村は立ち尽くした。速水も声をかけることはなかった。
――しばらくして、やっと芝村が口を開いた。
「通信を、切れ。レーダーもだ。もはや必要ない」
「状況が分からなくなるよ」
「もはや必要ない」
「本当にいいの?」
「立派だった。田代は、立派だった。他に何を言うことがある。わたしには田代の望みを汚すことはできない。わたしが田代と同じ立場ならば、同様にしたかもしれないからだ。わたしならば、覚悟を持って望んだ道を邪魔をされることは望まない!」
芝村の声が震えていた。
「他にどうしようがある! そこのエセ宗教家、答えてみろ。お前ならどうすると言うのだ!」
絶叫のような芝村の声に、速水は凛とした声で答えた。
「助けに行く」
「なに?」
芝村は振り返った。今までに聞いたことのないくらい力強い速水の声だった。
「何があっても、僕は田代を救いに行くよ」
「ふざけているのか。さきほどまでお前は反対していたではないか!」
「反対はしていない。待っていただけ」
「何を待っていた」
「言ったはずだよ。もうすぐ、ここで、僕が僕として、僕でしか戦えない相手と戦わなければならない時間がやってくるって。それが今なんだ」
「ならば、戦うべき敵というのは誰だ」
嘲るような表情を浮かべながら、大仰に芝村が辺りを見回した。だが当然、誰かがいるわけもない。
速水は仕方なさそうな顔で、ゆっくりと腕を伸ばした。芝村に分かるように敵を指し示してやったのだ。そして言った。
「芝村、きみだよ」
指揮車のなか、がっくりとうなだれる茜に声をかける者はいない。
背後で、善行がその小さな背中を見守っているだけだ。
「――あなたですね?」
消えそうなほど小さく暗い声がした。善行は答えない。顔の前で手を組んだまま、じっと座っている。
「そうだ、あなただ。なぜ気付かなかったんだ」
善行は答えない。
「あなたが仕組んだんだ!」
それは茜の声だった。
「仕組んではいません。そうなるだろうとは思っていましたけどね」
「なぜ? なぜですか? なぜこのようなことを!?」
「このようなこととは何ですか」
「田代を捨て石にしたことです。田代がそう行動すると分かっているのに、それに適したところに配置したことです。撤退時に誰とも接触ができない場所、そこに田代を配置した。そうすれば戦場に踏みとどまる田代に誰も気づけないからだ。前回の戦闘も、その前の戦闘も、田代はそのような場所に配置されていた」
「そうです。あえてそうしました。そうするのが適当と思ったからです」
「敗戦の際、田代がしんがりを務めることで、小隊の被害が最小限に留まるからですか」
「そうです。現に今、そうなろうとしていますね」
「だから今日も戦闘を強行したんですね。勝てる確率は低かったのに!」
「勝てば八代市を解放できていました。百体近くの幻獣を地上から消滅させることもできたでしょう。田代さんの命を安売りする気はありません。それは田代さんの望みでもありますから」
「なぜ助けようとしなかったんですか!」
「しました。だが彼女を助けるには至らなかった。私だけでなく小隊の誰も、彼女を心の闇から助けることはできなかったんです」
「だからと言って、なぜ…」
「不思議ですか? 不思議でもなんでもない。死ぬことだけが救いだと思っている者に死に場所を提供しただけです。田代さんはいま、幸福のはずです。本人もそう言っていたでしょう。強がりなどではなく、あれは真実だと思いますよ」
「しかし、生きていれば――」
「生きていても、幸福になれたでしょうか。わたしの見るところ、田代さんは生きながらに死んでいた。笑っても心底から笑っていたわけではない。楽しそうにしていても本当に楽しいわけではない。恐らく一人になったとき、それに倍する苦しみに耐えていたはずです」
「しかし!」
「茜君! 未熟ですよ」
「う…」
「泣きたければ泣きなさい。わたしを何だと思っていましたか。仏だとでも思っていましたか。全く違います、わたしは鬼です。この修羅の時代を生きていくために鬼になりました。わたしにも生きていて欲しいと思った者達がいました。たくさんのわたしを慕ってくれる部下達がそうでした。わたしのような者に付いてきてくれ、ついにはわたしの指揮で命さえも失ってしまった。だからわたしは決めたのです。わたしが愛したい者達のために、わたしは鬼になろうと。わたしを愛してくれる者達のために、わたしは鬼になろうと――」
「う…。う…」
「さぁ顔を上げなさい。田代さんの最後を見届けて上げなさい。そして、彼女がそう望んだように強くなるのです。あなたのために、そして、あなたが愛する人たちのために!」