ただ一言の言葉を漏らすこともなく、来須が最後の弾丸を装填する。
田代はそれを横目で見ながら、肩の息で思った。
(いつまで、戦うんだ)
数え切れないほどの幻獣との戦闘に精神は限界に達していた。
終わりのない戦いに救援など望むべくもなかった。
結果など初めから分かっているのだ。
(俺たちは死ぬんだ)
覚悟はできている。それは分かっていなければならないことだった。しかし、それが分かっていながら、――来須はなぜ戦い続けることができるのか、田代には理解できなかった。
(まさか、生き残れるとでも思っているのか)
田代は来須を見つめた。だが、男は何も語らなかった。
来須が立ち上がる。再び戦闘が開始された。田代は残り少ない弾丸のライフルを持って後を追った。
(――その弾丸が切れたらどうするんだよ)
田代は考える。ミノタウロスの体力、ゴルゴーンの装甲、武器無くして勝ち目はないはずだった。もがくのか? あきらめるのか? どちらにせよ、そんな来須は見たくないと田代は思った。
しかし無情にも、戦闘が経過する都度、来須の弾丸は尽きていった。薬莢が転がるたびに、田代は自分の心がすり減らされるような気分になった。
――そして、最後の一発
田代は思わず目を閉じた。一方、来須は何の躊躇もなく撃った。一体のゴルゴーンがその生命活動を完全に停止したが、ついに弾丸はなくなってしまった。
(どうするんだよ、来須)
もう戦えない。田代は目を開けたくなかった。開ければそこに見たくないものを見てしまうと思った。死ぬのは怖くなかった。だが、自分を助けに来てくれた男が無駄死にするところを見たくなかった。いや、望みを捨て惨めな姿を晒し、人間が悲鳴をあげながら死んでいくところを見たくなかったのだ。
しかし、それでも田代は目を開けた。見なければならなかった、それが友と一緒に死ねなかった自分の責任だと考えたからだった。
そして、田代は見た。
来須はウォードレスから何かを抜きはなっていた。青くギラリと輝く、それは一本の超硬度ナイフだった。
(まだ、戦うのか)
田代は驚いたが、来須に迷いはなかった。ミノタウロスの首にナイフをドスと突き立て、一気に引き裂いた。絶叫と噴血をほとばしらせながらミノタウロスは絶命した。
(そのナイフが尽きたら、どうするんだよ)
田代がそう思うのも無理はなかった。無数の幻獣にナイフ一本で立ち向かう様は蛮勇を超えて愚か者ですらあった。案の定、三度幻獣に刃を突き立てたとき、来須のナイフは砕け飛んだ。
今度こそもう終わりだ、と田代は思った。
しかし男は一瞬たりとも迷うことはなかった。
拳。
来須の拳がミノタウロスのみぞおちに吸い込まれる。一発ではない、二発、三発、苦しみに悶えてミノタウロスが膝をついたとき、機会を逃さず来須は頭を抱え込んでそのままねじ切り落とした。噴血おびただしい幻獣の返り血に染まった来須が、ミノタウロスの頭を放り捨てると、幻獣達が恐れをなして一時的に退いた。
再び体制を立て直してやってくるに違いないがほんの少しのあいだでも時間を稼ぐことができた。
田代は呆然と立ち尽くしている。
(――あきらめないのか?)
このような絶望的な状況にあって、なぜ来須があきらめないのか、田代には理解できなかった。
(ひょっとして、あいつらも、あきらめなかったのかな)
田代はかつての仲間達を思い出していた。一緒に死んでやれなかったクラスメイト達、田代を残して全滅したクラスメイト達。あいつらも最後まで希望を捨てずに戦うことができたのだろうか。
自分にはとてもできない、と田代は思った。
「なぁ、来須。お前は、なんで――」
戦い続けることができるのか、田代は聞こうと思った。しかし、そのとき不思議なことに気が付いた。
来須の体のまわりに青い蛍のようなものが飛び交っていたのだ。
「それは…」
驚きのあまり声も出ない田代。まるで人魂のようだった。
しかし、その青さはどこも不気味ではなく、それどころか暖かささえ感じられた。ひょっとすると田代が気付いていなかっただけで、常に来須はこの青い蛍を伴っていたのかもしれなかった。
来須は、青い蛍をひとつ手の上に踊らせながら、田代の方を振り向いた。開かれることのなかった来須の唇がゆっくりと動き、田代は初めて来須の肉声を聞いた。
「この光は、想いだ」
「お、想い…?」
来須の目は手の上の青い光に注がれている。その目は、まるで古い友を見る目だった。
「かつて生きていて、いまもなお遠い未来を夢見ている。死してもなお俺を守り、青につくす数多の願い…」
ヒッと田代は叫び声を上げた。来須ばかりではない、青い光は田代にも輝いていたのだ。無数の青い光は、田代を守るように、優しく円を描いていた。
始めは驚いていた田代だったが、だんだんと落ち着きを取り戻し、来須がそうしているように、青い蛍に手をかざしてみた。
「あ…」
田代は、とても懐かしい気分を感じた。
昔、この青い光に会ったことがあるような気がした。
やがて、どこからともなく聞いたことのある口笛も聞こえてきた。
田代はやっと気付いた。
「お前達なのか…」
青い蛍達を見回しながら、田代の目に涙が溢れた。
「気付かなかったよ。ずっと俺のことを見守ってくれていたんだな…」
とめどなく涙が伝い落ち、田代は耐えきれなくなってその場にしゃがみ込んだ。
「すまない。俺が間違ってた」
青い光達はひとしきり慰めるように田代のまわりを巡ったあと、吸い込まれるように次々と田代の両腕に飛び込んでいった。まるで結晶体のように光は輝きを増し、田代の両腕は何よりも青く光り輝いた。すると、幼い頃に刻みつけられた忘れられし紋様が浮かび上がり、すさまじいばかりの青い炎が立ちのぼった。
「俺はもう死のうなんて思わないよ」
田代は勢いよく立ち上がった。もう泣く必要はどこにもない。いつだって友と共に死ねるのだから。友の形見の深紅のライダーグローブを装着し、田代は友に誓った。
「俺は生きるよ。生きて戦う。ありがとうよ、みんな」
その姿を見届けた来須は、特別笑うでもなく、いつもの表情のない顔で、ただ東の方角を指さした。
田代が見ると、来須の指した先には白い雲のようなものが立ちのぼっていた。
「雲…? いや違う、鳥の群れか」
田代が分からなかったのも無理はない。
それは新しい時の到来を告げる鳥の群れだった。本来ならば見えないはずのものだったが、いまの田代ならば見ることができた。青空の中に密集して飛んでおり、ひたすらある者の誕生を待っているのだった。ひとたびそれが生まれれば、彼らはワールドゲートをくぐって各世界に散り、その者の誕生を告げる義務があったのだ。
来須と田代をとり囲む幻獣達が再び襲ってくる気配を見せている。
来須はただ一言、手早く田代に説明した。
「――青が、来る」と。